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在ハンブルク日本国総領事館連絡先
Japanisches Generalkonsulat Hamburg
Rathausmarkt 5
D - 20095 Hamburg
Tel. +49(0)40-33 30 170
hh-konsulat@bo.mofa.go.jp

日本と北ドイツ友好関係


当館管轄地域であるハンブルク、ブレーメン、ニーダーザクセン、シュレスビッヒ・ホルシュタインの各州において、以下のとおり日本の都市および地域との友好関係(姉妹都市、州と地域間の友好関係、姉妹港提携)締結されています。


1974年04月18日  リューネブルク市 と 鳴門市
1983年06月27日  ハノーファー市 と 広島市
1989年05月11日  ハンブルク州 (市) と 大阪市
1992年05月12日  リューベック市 と 川崎市
1992年10月27日  ハンブルク港 と 横浜港
1997年11月18日  シュレスビッヒ・ホルシュタイン州 と 兵庫県
1999年10月29日  ハーブルク郡/ヴィンゼン市 と 福井県
2007年09月13日  ニーダーザクセン州 と 徳島県
2011年06月30日  ヴォルフスブルク市 と 豊橋市


姉妹都市リューネブルクと鳴門

1974年4月18日、鳴門市とリューネブルク市は姉妹都市交流を締結しました。当館管轄内ではもっとも歴史のある姉妹都市であり、日独双方からの活発な交流が特徴です。ドイツでは約150人の会員を持つリューネブルク独日協会(設立1980年)が交流を支援しています。毎年、親善使節団が相互訪問しており、姉妹都市である鳴門や日本全体への理解をさらに深める機会を提供しています。日本を旅行する機会がない人には、リューネブルク独日協会発行の体験レポートや現地発のインフォメーションを盛り込んだコラム「鳴門からの瓶詰め便り」がおすすめです。

リューネブルク市では「日本」が日常生活に組み込まれています。例えば、「鳴門」通り "Naruto Straße" には、桜並木が植えられ、日本とドイツ語の二か国語表記の記念碑があります。リューネブルク市民有志で結成された「鳴門合唱団」“Naruto Chor" ではドイツ語や日本語の曲が歌われ、市庁舎広場に立つ標識には、両姉妹都市間の距離8917kmが記されています。これに対し、鳴門市にあるリューネブルク広場には、塩の生産で栄えたリューネブルク市の象徴である塩猪「“Salzsau“」が飾られています。

リューネブルク市の象徴である塩猪「“Salzsau“」
鳴門市に寄贈されたリューネブルクの象徴である塩猪

鳴門市とドイツとの深い結びつきには、歴史的背景があります。現在の鳴門市に編入された地域には、第一次世界大戦中および戦後に俘虜となったドイツ兵のための収容所が建てられていた坂東とうい町がありました。彼らは1917年から3年間同地で暮らし、日本人と友情を育み、現在にも伝わる文化的影響を残したのでした。この感動的な坂東俘虜収容所の話は、2007年に著名な黒澤明監督の下で助監督を務めたこともある出目昌伸監督によって、ブルーノ・ガンツ、松平健、石原悦子の主役で「バルトの楽園」(ドイツ語タイトル名" Ode an die Freude")として映画化されました。また、ここは、日本で初めてベートーベン「交響曲第9番」が演奏された場所とされています。

今日では鳴門市にある「ドイツ館」(竣工1972年、修復1993年)が、この歴史的出来事を伝えています。同館は、鳴門におけるドイツの歴史を知ることができる博物館であると同時に、ドイツ、特にリューネブルク市との関係を深める出会いの場となっています。

詳細はこちら(鳴門市のホームページ)


姉妹都市 ハノーファー市と広島市

ハノーファー市と広島市は長年にわたり友好関係を深めてきましたが、この関係は、1983年6月27日、姉妹都市協定という形で結実しました。こうした特別な関係の基礎となったのは、60年代に当時の厚生省および文部省によって設立された「ドイツ青年のための日本旅行―日本青年のためのドイツ旅行」プログラムであり、若い世代の交流を促進するものでした。ドイツ側では国際青少年交流および訪問者サービス(IJAB)が受け皿となり、1968年には日本から友好使節団がハノーファーを訪れ、特に当地の青少年と緊密に交流する絶好の機会となりました。

この関係は、多くのホストファミリーや、当時のハノーファー市長の協力なくしては成立しなかったことでしょう。特に、1972年から2006年まで市長であったヘルベルト・シュマールシュティーク氏は日本と特別な友好関係を築くことに大きく貢献しました。それだけでなく、広島市・長崎市が主唱する「都市連帯による平和のための市長世界会議」の設立当初から副議長として積極的に参加したことなどが評価され、2009年には同氏に対し旭日中綬章が授与されました。

今日でも設立当初の活発な活動が続いている両市の交流は、両市の市民の支援で成り立っています。ハノーファーでは、1985年設立の社団法人「独日友好協会 ハノーファー広島友好会」、1989年設立の「独日協会ハノーファー茶道会」、および1995年設立の経済連携団体「白馬会」が活動しており、これほど姉妹都市と親日団体とが協力して交流が行われている都市は他に例がありません。

なお、1988年来、ハノーファー市立公園にある茶室が日本に関心を持つ人々の活動の中心のひとつとなっていますが、この茶室は広島市から姉妹都市ハノーファー市へ寄贈されたものです。

詳細はこちら(広島市のホームページ)


提携都市:ハンブルク州(市)と大阪市

ドイツ連邦共和国および日本との間の伝統豊かで平和かつ友好的な関係、およびドイツ人と日本人が人類の発展に寄与していることに鑑み、自由ハンザ都市ハンブルク(都市州)および大阪市は、両市の友好関係を確認する表明を行いました。この表明は、1989年5月11日、ハンブルクの当時のDr.ヘニング・フォシェラウ州首相(第一市長)と西尾正也大阪市長によって署名されました。

ハンブルクハーフェンシティにおける街路名標議「大阪通り」除幕式
ハンブルクハーフェンシティにおける街路名標議「大阪通り」除幕式

これまで20年以上も続いている両都市の交流は、多岐に亘ります。交流10周年となる1999年には、ハンブルクにおいて「大阪デイ」が実施されました。また、20周年記念となった2009年には、公式友好使節団が相互に訪問しました。その機会に、ハーフェン・シティ(臨水再開発地域)でゲッチユ・ハンブルク副首相(第二市長:当時)兼教育大臣、北山啓三大阪副市長と第25代ハンブルクさくらの王女であるジモーナ・レルヒ氏により、新たに命名された「大阪通り」“Osaka Allee“の標識の除幕式が行われました。 さらに、両市中央図書館の間には両国言語書籍交換協定が締結されています。

詳細はこちら(大阪市のホームページ)


友好都市:リューベック市と川崎市

1991年8月、川崎市友好使節団がリューベックを訪れ、その際に両市代表は交流及び経済提携共同表明に署名しました。1992年5月には、川崎をリューベック代表団が訪問しています。その際、「川崎市とリューベック市との間の友好関係締結協定」が署名され、地方自治体、企業、市民のレベルでの多様な交流を通じて、友好都市関係を深化することで合意されました。

詳細はこちら(川崎市のホームページ)


港湾提携:ハンブルク港と横浜港
石灯籠
Planten un Blomen にある石灯籠 - 友好港10周年記念 横浜市より寄贈

1992年10月27日、横浜とハンブルクの間で「港湾提携協定」が署名され、横浜港とハンブルク港の友好関係を進化するとともに、両港の商業発展および経済協力体制を促進することとなりました。横浜港とハンブルク港はそれぞれの地域おいて最大の港です。最新の貨物用施設を保有し、両港の間での商業およびその他の経済分野における交流を拡大・発展させることが期待されています。また、この協定は、国際理解および国際商業取引の促進にとっても有意義であると考えられます。

2002年の締結10周年記念には、中田宏市長(当時)が石灯籠を寄贈し、市中心部の植物園Planten un Blomen内にある植物園に設置されました。2007年の第818回ハンブルク港生誕祭の際には、パートナー港として横浜が取り上げられ、同市長を団長とする友好使節団がハンブルクを訪問するとともに、多くの訪問者が日本文化を楽しみました。

2009年5月には、アクセル・ゲダシュコ・ハンブルク経済大臣(当時)とフランク・ホルヒ商業会議所会頭(当時、現経済大臣)が、横浜開港150周年記念式典の機会に横浜港を訪問しました。

ハンブルク港には全部で7つの友好港がありますが、横浜港との友好関係はその中でも最も古いものです。

詳細はこちら(横浜市のホームページ)


地域交流:シュレスビッヒ・ホルシュタイン(SH)州と兵庫県

1995年半ばから、兵庫県(県庁所在地神戸)とSH州との間には交流が育まれてきましたが、それは、1995年1月の阪神淡路震災後が契機となりました。1995年7月、ハイデ・ジモーニスSH州首相(当時)を団長とするSH州経済使節団が日本を訪れ、その際、神戸にも数日滞在しました。ドイツ側団員は、震災被害にショックを受けたのみならず、復興に向け、きびきびした作業の進行状況に非常に感銘しました。その際に示された募金活動等のドイツ側の連帯が、2010年にジモーニス前首相に旭日中綬章が授与された理由のひとつとなりました。

兵庫県神戸市訪問の際の井戸敏三兵庫県知事とペーター・ハリー・カールステンセンSH州首相
2006年兵庫県神戸市訪問の際の井戸敏三兵庫県知事とペーター・ハリー・カールステンセンSH州首相

その後も、政経済界の代表者の相互訪問が行われています。1997年11月、兵庫県からは貝原俊民知事を団長とする使節団が訪独し、その機会に、兵庫県とSH州の間で、経済、科学、技術および文化の分野における協力に関する合意文書に署名されました。

SH州には、ベルリンに次いでドイツでも2番目に古い、SH独日協会(1955年設立)があります。同協会の活動を通して、すでに何十年間に亘り日本との緊密な関係が育まれています。

詳細(英語)はこちら (兵庫県のホームページ)

シュレスビッヒ・ホルシュタイン州と兵庫県の地域交流によって、2006年6月にフンボルト校と(Humboldt-Schule,Gymnasium der Stadt Kiel)兵庫県立国際高等学校(Hyogo Prefectural International High School)が姉妹校提携を結びました。
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地域提携:ハーブルク郡・ヴィンゼン(リューエ)市と福井県

1976年来、教員養成センター所長として活躍していたヘルベルト・ローデ氏が受け入れ代表となり、多くの日本の青少年がハンブルク近郊のヴィンゼン市を訪れています。使節団団員のほとんどがホストファミリーに滞在し、ドイツ文化やドイツ人家族の生活に接しました。その機会に生まれた多くの友情は、今日でも育まれています。現在では、両親がかつて滞在していたホストファミリーに滞在した青少年もいます。

こうして、これまでに約1500人の日本人がヴィンゼンを訪れ、ドイツでの生活に親しんできましたが、残念ながら現在このプログラムは休止されています。ローデ氏をはじめとして、1977年以来、ヴィンゼン市およびハーブルク郡からドイツ市民が、日本、主として福井県を訪問しています。この事業を通じて、日本の家族がドイツ市民を温かく受け入れてくれることは、ヴィンゼン市では広く知られています。

このような関係を背景として、1999年10月29日に友好協定がヴィンゼン市ホールで署名されました。

詳細はこちら(福井県のホームページ)


地域パートナー関係:ニーダーザクセン(NS)州と徳島県
クリスティアン・ヴルフ州首相が徳島の子ども達に歓迎を受ける
クリスティアン・ヴルフ州首相が徳島の子ども達に歓迎を受ける(2009)

リューネブルク市となる都市の姉妹都市関係など、ニーダーザクセン州と日本の間の活発な交流にはすでに長い歴史があり、それを背景として徳島県とニーダーザクセン州との間の友好協力体制に関する共同宣言」が、2007年9月13日に飯泉嘉門同知事とクリスティアン・ヴルフNS州首相(当時:現連邦大統領)によってハノーファーで調印されました。


この共同宣言によって、これまでの交流に加えて、教育、文化、スポーツおよび経済分野で交流が行われることになりました。徳島県では、特にドイツに関心が寄せられていますが、その背景には、板東(現在の鳴門市)に、かつてドイツ人俘虜収容所があったことがあり、その歴史は日本市民が彼らに人道的に接したことで異文化理解の模範例とみなされています。

また、「革新による協力」をモットーに、日本はパートナー国として2008年のハノーファー・メッセに参加しましたが、その際安倍元首相を団長とする日本政府代表団が訪問したのに加え、2008年には徳島県、広島市よりも使節団が訪問するとともに、文化行事を行いました。

NS州では、1995年に設立された白馬会が活躍しています。NS州に進出している日系企業および日本に進出あるいは経済的なつながりを持つNS州内ドイツ企業、NS州政府、州・地方自治体の経済振興局の代表者で構成される非営利団体です。会合にはハンブルク日本国総領事およびNS州経済省代表が参加し、年に二回、年始と夏に開催され、日系企業の経済活動上の様々な事項等について対話を行っています。

詳細はこちら(徳島県のホームページ)


友好協定:ヴォルフスブルク市と豊橋市
ロルフ・シュネルエッケ市長と佐原光一豊橋市長による友好関係宣言署名
2011年6月ヴォルフスブルクにて、ロルフ・シュネルエッケ市長と佐原光一豊橋市長による友好関係宣言署名

2011年6月末には、佐原光一豊橋市長が訪問団長としてヴォルフスブルク市を訪問し、それまで10年以上も続いている友好関係のさらなる深化に努めました。同年6月30日には、市庁舎にて豊橋市とヴォルフスブルク市との間で友好関係樹立に関するが宣言文書が署名されました。

両都市が初めて接触を持った機会は、1998年にヴォルフスブルク市経済使節団が豊橋市で開催されていた車両シンポジウムに参加した際、JETRO主催の「ローカルからローカルへ」プログラムがあります。さらに2000年にハノーファーで行われたEXPOでのプロジェクトを通じて、両市の間には友好関係を発展する礎ができました。そして2002年2月、2011年の協定の基礎となった「両都市の友好協力体制に関する覚え書き」が豊橋市で署名されました。

詳細はこちら(豊橋市のホームページ)






Stand August 2011
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